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JCSのサーバビジネス

コンピュータビジネスのもうひとつの道

歴史を振り返ってみると、コンピュータ産業が成り立つようになってから長いあいだ、コンピュータメーカーがそれぞれ独自の設計思想でCPUやOS、周辺機器を開発する時代が続いた。OEM提携やライセンス生産によって、他社の技術を自社の製品に採り入れることはあったが、巨大な資を持ったメーカーが、それぞれ独自の技術で異なる仕様のコンピュータを作っていたのである。むろん、製品自体も高額であり、利用分野もそれに見合う用途に限られていた。

しかし1970年後半になって、IBMPCアーキテクチャがパソコンのデファクトスタンダードとなって、インテルプロッセッサが廉価で大量に生産されるようになったころから、メーカーのありように変化が現われた。一から十まで自社で開発しなくても、インテルが開発したマイクロチップや共通仕様の周辺機器、OSを調達して組み合わせ、自社のコンピュータとしてPCをより安価で大量に販売できる時代になったのである。そしてそのような時代になってみると、巨大なメーカーとはひと味違う特徴とサービスでPCに付加価値をつける、新しいタイプのメーカーが独自のビジネスを展開するようになった。こうしたメーカーにとって、Linuxは製品に組み入れやすく、また付加価値をつけやすいOSであることは間違いない。

このようなメーカーのひとつ、日本コンピューティングシステム(以下JCS)は、インテル・プレミア・プロバイダーとして数々の高品質IAサーバを世に出してきたサーバベンダーである。そこで、同社がIAサーバ市場でどのようなビジネスを展開してきたか、また次のビジネス材料としてどこに狙いを見据えているかを取材した。

日用品になる前の製品を狙え

創業者 故 岩本修
創業者 故 岩本修

JCSは、もともとPCの製造販売からスタートした企業である。しかし、1992年ごろから始まった、デルやゲートウェイ、コンパック、富士通などによる急激な価格競争の波を受け、コンシューマー市場向けのPCからより専門的なPCへとビジネスを転換していく。

高性能コンピュータに目を向ける

当時を振り返って、岩本社長は「DOS/V機に参入した当時の富士通の製品などは、シェア獲得のためのダンピングではないかと噂されるくらいだった」と言う。新たに現われたメーカーは、すでに確固たる地盤を固めた大企業であったため、資本力のある大企業と価格競争をしても仕方がないと判断したのである。

そのようななかで活路を探っていたJCSは、当時のソフトウェア開発者たちが開発効率を上げるために少しでも速いマシンを必要としていることに注目し、コンシューマー向けのPC販売に見切りをつけ、プロフェッショナルなソフトウェア開発用途の高性能なコンピュータやサーバ市場に向けた商品開発に着手した。さらに、3DCG用の高機能グラフィックボードや動画のノンリニア編集用ボードなどを搭載した、より業務に特化したマシンの販売へと事業を展開したのである。市場の動向と、いまユーザーが何を必要としており、そのための技術がどこにあるのかに着目した転進といえる。

「技術や製品というものは、どんなものでもいずれコモディティ(日用品)となっていくわけです。いったんコモディティとなってしまえば、あとは価格で勝負するしかありません。企業としては、技術や製品がコモディティ化してしまう前の高い付加価値のある段階で、いかにシェアを獲得するかがビジネスの勝敗のカギになります」と岩本氏は言う。

インターネット用途のサーバを主力製品とする

1992年から1993年にかけて、営業の中心を高機能マシンへと移した同社は、その後の1995年ごろから始まるインターネット時代の幕開けにより、さらにWebフロントエンドで使用されるサーバ分野に進んでいく

テーラーメイドのサービスで差別化

JCSは、インターネット用途のサーバ販売に多くの実績を持っている。しかし、このエリアは同業あまた、競争の激しいところでもある。そのなかで、どこで差別化を図り、どう勝負していくのか。この問いに対し、同社は徹底的なカスタマイズとサポートに重点を置いたという。では、顧客からの視点ではどのような点がポイントとなるのだろうか。その疑問を解くため、数多くのJCSサーバを導入してきたライブドア(旧エッジ)に話を聞くことにした。

オリジナルサーバー
JCS オリジナル3Uラックマウントサーバー+RAID

JCSのオリジナリティが光る製品。サーバー部分をトレー構造とし、Xeonプロセッサ、Pentium4プロセッサを選択できる。ストレージ部はRAIDサブシステムと同じコントローラを採用し、高速・高信頼性を保っている。ファイルサーバー、データベースサーバー等に使用する他、NASサーバー用途等、その応用範囲は広い。

ライブドアは、昨年LindowsOSを国内発売したことでご存じの方も多いだろう。しかし、LindowsOSは同社の営業品目の一部にすぎない。ライブドアの事業の中心は、社名ともなっている無料インターネットアクセスサービスLivedoorや、サーバホスティングサービスのデータホテル、企業のイントラネット提供までを含む総合ITビジネスとでもいうべきものだ。そのライブドアで、JCSのIAサーバが使われている。

嶋田氏

ライブドア、ネットワーク&ソリューション事業部技術グループサブマネージャ、嶋田氏の説明によると、同社は使用するIAサーバのOSとして、LinuxやFreeBSDなどのオープンソースOSを使用することが多い。その際に問題となるのは、ハードウェアとOSの親和性だ。LinuxやFreeBSDは新しいハードウェアに対応していない場合がある。その際にはマザーボードの選択だけでなく、筐体や周辺機器を含む包括的な設計変更や細かい調整が必要になることがある。

JCSは、このような技術的な問題に対して逐一きめ細かくチューニングしていき、ライブドアが必要とする機能や性能を満たす製品を提供している。

JCSの岩本氏は、この点について「JCSではユーザーのニーズに合わせて、筐体から作り上げることもしますし、サポートについても、同業他社が提供できるサポートはすべて用意できる」と言う。このようなユーザー本位の体制が、JCS のビジネスの強力なセールスポイントになっている。

ライブドアのさまざまなサービスのなかでも、データホテルと呼ばれるものは、サーバホスティング、データストレージ、企業へのイントラネット環境の提供、またそれらの保守や監視まで含む広汎なサービスを、月極めで利用できるシステムである。つまり、データホテルの利用者はデータセンターにあるサーバを借りられるほか、サーバのメンテナンスを含む多くのサービスを受けられるのだが、これらの柔軟なサービス提供の陰に、JCSのサポートがあるのだ。

ライブドアは、IT技術に精通していないユーザーもデータホテルの顧客として取り込むために、コンサルティングを通してユーザーのニーズに対応できる体制をとっている。顧客のニーズに徹底して対応するためには、サーバを提供する側にもさまざまな対応が要求される。JCSでは、このような要求にひとつひとつ対応し、ライブドアの求める性能を備えたサーバとして提供している。

JCSが提供するサーバは、Pentium 4からXeonベースまで多岐にわたるほか、台数もこの一年間で500台を上回るというから、個々の製品への要求に対応する手間を考えると、いかに大変かがわかる。

NICやハードディスクなどは、運用時に負荷がかかったときにトラブルが発生することが多いという。JCSでは、その辺を事前に検証したうえで提供している。つまり、一定のエージングを経て出荷されるため、稼動後の不良率が下げられるのである。

次のビジネスは何か

技術や製品は時代とともにコモディティ化するとしながらも、同時に岩本社長は、コンピュータ業界には、その時代その時代の最先端で、必ず高いプロフィットが期待できる分野が現われるという。それが何かをいち早く察知して次の事業展開を考えていなければならないというのである。つまり、現状のビジネスに精一杯注力する一方で、その先に何があるかを同時に模索しなければならない。では、同社が考える次の一手は何か。

岩本氏は、Webフロントエンドなどで使われるサーバ市場を現時点の経営の主軸に置きながら、将来的な展望をHPC(High PerformanceComputing)分野に据えている。

HPCとは、コンピュータによって大量の計算を高速にこなすことを指す。たとえば、流体力学の計算や、イメージをレンダリングしてグラフィックスアニメーションを作るといった作業は、HPCが得意とする代表的な用途である。HPC 環境といえば、ひと昔前にはスーパーコンピュータを指した。その有名な例として、CRAYなどを挙げることができる。しかし、1980年台後半にはスーパーコンピュータの開発に蔭りが見えてきた。より性能の高いマシンを開発するためにはあまりにも巨額のコストがかかり、しだいに割りに合わなくなってきたのである。代わって、多数のPCを集積した、低コストで高性能なクラスタリング構成のシステムが開発されるようになった。このような時代の流れを汲んで、高性能になったIA サーバをクラスタリング構成したHPC商品が次第に実用化している。

ちなみに、世界のスーパーコンピュータの性能を比較したTOP500SUPERCOMPUTER SITE(http://www.top500.org/)では、2003年11月の時点で、トップはベクトルプロセッサを用いたNECの地球シミュレーターだが、トップ10内に複数のHPCクラスタリングマシンが入っている。

面白いのは、2003年6月には第3位だったローレンス・リバモア研究所のLinuxクラスタシステムが11月にはすでに7位にまで下がって、その間に新たなHPCクラスタシステムが登場している点だ。今後、これらのHPCクラスタマシンがスーパーコンピュータの記録を塗り替え、その頂点に立つことは、時間の問題と見てよいだろう。

HPCクラスタは次の一手となるか

PCクラスタを用いて安価で高速に複雑な計算ができるようになれば、そこに新たな需要が産まれる。つまり、これまでスーパーコンピュータでは高コストゆえに利用がかなわなかった分野が、HPCの新たなユーザーとなりうるのである。JCSが今後のビジネスとしてHPCクラスタに着目しているのは、このような新市場と言ってよいだろう。

HPCクラスタは、今まさに進化している技術だといえる。そのエッジでビジネスをしていくために、同社はHPCクラスタの実現に必要なさまざまな技術を蓄積し、一方で日本発のPCクラスタソフトウェアSCoreを開発しているPCクラスタコンソーシアムに参加し、サーバを提供している。

このように同社が熱いまなざしを向けるHPCクラスタリングであるが、専門家は今後のHPCクラスタ市場をどのように見ているのか。PCクラスタコンソーシアムを主催する、東京大学の石川裕先生を訪問した。

鍵はアプリケーション

石川氏は、今後HPCクラスタが市場として成長するかどうかは、SCore対応アプリケーションがどれだけ増えるかにかかっている、と言う。このようなアプリケーション開発の主力になると考えられるソフトウェアベンダーのSCore対応も徐々に進んではいるが、まだまだ途上であるようだ。

1U 2U 4U

Itanium サーバ製品群:1U(2CPU)~4U(4CPU)までフルラインナップ。

ソフトウェアベンダーがなかなか積極的にならない理由のひとつは、HPC クラスタシステムの性能が、ハードウェアのチューニングに依存し、アプリケーションを開発しても、それが稼動するまでのサポートが大変だからだ。たとえば、クラスタを組むサーバそれぞれのBIOS 設定によっても、性能が大きく変わってくる。このような世界では、ソフトウェア企業だからソフトウェア以外は関知せず、というわけにはいかないのである。

Xeon1u2u
フロントエンドで活躍するJCSのXeonプロセッサ搭載サーバー。
diskarray
JCSのディスクアレイシステム3Uサイズの筐体にHDDを16基搭載する。インターフェースはUltra160 SCSI / Fibre Channelより選択できる。

ただし石川氏は、このような状況は大企業も中小企業も同じだとも述べた。つまり、ハードウェアとソフトウェア双方の総合的な技術力を持っていれば、中小ベンダーでも大企業と対等に渡り合える余地があり、ビジネスチャンスと考えることもできる。

石川氏は、HPCクラスタの将来に対して必ずしも楽観的ではない。何ごとにつけ、新たに始めることはなかなか簡単には進まないという説明であった。しかし、何もないところに市場を切り拓くからこそ先陣を切れるのであって、最初から拓けている市場には熾烈な価格競争が待っている。ビジネスは一朝一夕には成らないということだろう。

HPC ビジネス勝利への道を語る

JCSの岩本氏も、この点の困難については十分に承知し、この分野でビジネスを展開するには、まずHPCクラスタリングのさまざまな技術要素のノウハウ蓄積が不可欠だとしている。PCクラスタコンソーシアムに参加して自社のサーバ製品を提供していることもその一環である。提供マシンにSCoreの開発で要求される機能を実装すれば、その過程を通してHPCクラスタリングの技術力を蓄積できる。また、SCoreで実装される機能がまずJCSのサーバで検証されるということは、HPCサーバの販売にとっても大きなプラスになると考えてよいだろう。

しかしながら、HPCクラスタを作り上げるためには、SCoreだけでなく幅広い多様な技術を必要とする。ユーザーが必要とする計算やシミュレーションの種類によって、ソフトウェアを含む最適なシステムが変わってくるからである。実行する計算プログラムによっては、むしろ従来から使われていて、すでに十分に実績のあるシステムを使ったほうが良い場合もあるだろう。

HPCクラスタリングの世界は、このように数あるソフトウェアや通信プロトコル、それらに合わせたハードウェアの設計と実装方法など、数多くの選択肢のなかから最適な技術を選んで組み合わせ、ユーザーに提供することができて初めて成り立つビジネスである。HPCクラスタリングに限らないことではあるが、ビジネス成功のポイントは、技術的なバックボーンに裏打ちされたコンサルテーションができるかどうかにかかってくる。

岩本氏は最近、ネットワーク上から自分のPCにダウンロードしたPDFの技術文書の数を数えたら、数万ファイルになったという。もちろん、すべてを読んでいるわけではないというが、文書の要旨を拾うだけでも容易ではない。「我々のビジネスは、単に製品を売るのではなく、常にそこに価値―それは情報かもしれませんが――を付加してユーザーに売ることです。その付加価値とは、自分たちが本当に身につけた技術でしかありえません。その技術やノウハウによって、他社との差別化を図っていくわけです」(同氏)。

hpc
hpc2

JCSがPCクラスタコンソーシアムに提供しているHPCクラスタリングサーバは、Xeon(2.80GHz)32CPUを搭載した16ノードからなるクラスタリングシステムだ。Xeonプロセッサを使うため発熱と、冷却ファンなどによる騒音が問題になるため、冷却効率を上げながらも静かなシステムになるように筐体を含めて完全にJCS独自の設計になっている。
右は、サーバラックから専用筐体を引き出した状態の写真。冷却効率を上げるため無駄なカバーは取り払っている。

しかし、HPCクラスタシステムもいずれ市場に浸透すれば、コモディティ化し価格競争になっていく。れまでに、どれだけHPCクラスタの最新技術を取り込み、マーケットリーダーとしての地位を確立できるかが勝負の決め手だというのである。しかしまた同氏は、この3年間でHPCクラスタリングに対する技術力を着実に自分たちのものにしたので、これからは積極的に営業を展開していく段階だと自信を見せた。PCサーバの低価格化とともに、日本中の大学の研究室がHPCクラスタシステムを備えてもおかしくない時代が、すぐそこに来ていると見ているようだ。

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